純情エゴイスト

□心と体
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甘美な毒は 身体を侵しながら巡る

気付けば 囚われていて

逃げる道は塞がれ 虜とされる



「ん、…ぁはっ、はぁ、あっ・・」

躰を巡る快感と熱。

霞む思考でわかるのは、とてつもない快感。

歪んだ視界に映るのは、大好きな黒。

だるい腕が抱きしめるのは、逞しい身体。

鼻を掠めるのは、煙草と誘われるような甘い香り。

唇が発する言葉は、喘ぎと『野分』。

耳に囁かれるのは、荒い息と『マキ』という名前。

『野分』と声にするたび、低く甘い声で『マキ』と言われる。

躰を刺激する甘い快感に思わず『マキ』とおうむ返しに言うと、躰を走る電流のような快感に頭が真っ白になる。

そして、引かれるままに意識を手放す。


弘樹は久しぶりに感じる温もりで目が覚めた。

目を開けると胸板があり、力強く抱きしめられていた。

体をもそもそと動かして腕の中から出ようとする。

体を動かす度に訪れる倦怠感がとても心地いい。

弘樹は上半身を起こすまで、自分の隣にいて自分を抱きしめ…そして全身に残る疲労感を与えたのが野分だと信じて疑わなかった。

目に映るのは、野分と同じ黒い髪。

だが、野分よりがっしりしている身体。

「ん…、んー?」

弘樹が起きたのに気づいたのか、小さく呻く声が聞こえる。

その声も野分より低く甘い…思わず弘樹の腰が何かを期待するように痺れる。

だが、躰の変化に驚くよりも目の前にいる人物に固まってしまう。

(誰、だ…?)

ひとつ言えることは、何一つ身に纏わず一緒の布団でねていたのは…野分じゃない。

そのままショックで動けずにいると、男からは寝息がきこえ始めた。

そこで弘樹はようやく体の筋肉を動かす。

散らばる服をかき集めて身につける。

きちんと付けていないボタンをそのままにコートを着て、部屋を飛び出す。

部屋を出る瞬間に見えた、獣のような視線を背中に受けながら。

とにかく動揺していた弘樹には、さっきまでいた建物がお高いホテルで昨日のバーから近い所にあるだとか、そんな周りの情報は何一つとして入ってこなかった。

タクシーに乗り玄関まで来た時も、弘樹は心拍数が上がったまま気持ちが落ち着かず、頭の中は鼓動が響くだけで真っ白だった。

機械的な動作で扉を開け中に入り、微かに残っている野分の匂いが鼻を掠めると、弘樹は膝からその場に崩れた。

全身から力の全てが抜けたようで、息をするのも苦しい。

息苦しさは、頭の中を埋め尽くしている『裏切り』という言葉によって増強されていた。

野分を裏切った、その事実がショックだった。

弘樹はしばらく同じ体勢で放心していた。

だが暫くして、今度は急に立ち上がったかと思うと風呂場に向かって歩き出した。

そしてうわ言のように、「汚い…綺麗にしないと…」と言葉を繰り返し、震える指で服を脱いでいく。

その顔は今にも泣きだしそうな程悲痛に歪められていた。

弘樹は冷たいシャワーを頭からかぶりながら、白い肌が真っ赤になるまで洗い続けた。

俯いたまま、ただ無心で手に力を込める。

シャワーに混じって床に落ちる水滴は、温かさを失い流されていく。

弘樹の耳は、全ての音を閉ざし弘樹を空虚にした。

そのため、扉の開く音も野分の「ただいま」という声も近付く足音も、弘樹には聞こえていなかった。
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